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    なぜここまで教育・子育てのありかたが問題になっているのか?その2

    引き続き、なぜここまで教育・子育てのありかたが問題になっているのか

    の原因を探っていきたいと思います。

    前回は自動化できない教育・子育てという原因を考えました。

    今日は第2の原因を考えたいと思います。

    ●第2の原因:核家族化などによる母親の孤独化●

    核家族化というのは、嫁姑の問題から解放されたかに見えますが、

    子育てにとっては決していい環境ではないと思います。

    両親からの助けも得られず、

    旦那も会社に人質に取られたと同然、

    近所付き合いも減っている中で、

    母親は孤独で子育てすることになります。

    これで育児ノイローゼにならない方がおかしいです。


    しかも、昔はご近所さんや親類の子供をあやしたりして、

    前もって子育ての簡単な経験もできたでしょうし、

    両親など子育て経験のある人からいろんなノウハウを

    教えてもらえたことでしょう。


    さらに、少子化によって一人っ子が多くなりました。

    二人目以降の子供は経験しているから一人目より

    ずっと子育てに慣れているんですが、

    一人っ子ならそんな機会もありません。


    これは危機的な状況だと思います。

    早急に何とかしなければなりません。


    ではどうしたらいいのか?

    方法を考えてみました。



    ●夫も子育ての意識を強く持つ

     男も父親になったら魂を仕事や会社に奪われることなく、

     母親を支援しないといけませんね。

     夫婦間の会話の多い家庭は女性の不満が少ないようですね。

     しかし産休制度を使っている男性は見たことないし、

     残業は減る様子もない状況では大変苦しいです。


    ●自治体や地域社会が協働して子育て支援できる仕組みを作る

     2007年には定年退職を迎える人が500万人もいます。

     こういう人は、子育て経験があって、しかも子供と接したい人は

     大勢いるはずです。

     そういった方々に

     子供と触れあう機会を持たせ、同時に母親の育児の負担を軽減する

     方法なんて簡単に作れないものでしょうか?


    ●ベビーシッター制度を創出するなどし、

     専門的に教育を受けた子育てのプロから

     簡単にカウンセリングなどの支援を受けられるようにする。


     2002年からベビーシッター資格認定試験制度というものが

     できているようですね。民間資格ですが。

     2005年で1000人しか資格保有者がいないみたいなので、

     まだまだ普及に時間がかかりそうですね。

     しかし、できればベビーシッターの能力を客観的に示せるような

     ものがあればなおいいのではないでしょうか?


    ●学校教育に子育ての方法を盛り込む

     本当に政府が少子化対策するなら
     
     これくらいのことしてほしいですよね。

     なんと言っても育児は人間の成長に決定的な影響力を与え、

     ひいては国力を左右するのですから。

     日本がかつて急速に欧米に肩を並べる技術立国になれたのも、

     日本が人材の宝庫だったからでしょう。

     母親や地域が身を粉にして育児をし、

     教育制度が世界トップレベルの識字率を支えたいたからです。


     もっと立派に子育てする父母を社会的経済的に賛辞する仕組みを

     作らないとなりません。

    、さもないと、現代の社会のように、

     直近の欲望にかき立てられる経済的活動ばかりに

     人々が集中するようになるのです。
     
     
     お金にはならなくても、間接的に社会のためになる活動を

     もっともっと支援していけないものでしょうか?


     一人ぼっちで孤独に奮闘している母親だけに、

     子育てという社会的に重要な活動を擦り付けてはなりません。
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    なぜここまで教育・子育てが問題になっているのか?その1

    いじめや自殺、子殺し、育児ノイローゼ、育児放棄、学級崩壊など、

    教育現場の崩壊をよく耳にします。

    子供や親や教師が前例のないようなストレスで悲鳴を上げています。

    なぜここまで教育・子育てのありかたが問題になっているのでしょうか?


    いくつかの説明のしかたがあると思いますが、

    今日は1つめの理由を考えたいと思います。

    ●自動化できない料理と子育て●


    戦後以来続いてきた機械化によって、現代人は昔と比べて

    とても楽に生きていけるようになりました。

    洗濯機や掃除機などの普及で多くの家事労働は楽になりました。

    車・電車などの交通機関の発達で移動も楽になりました。

    冷凍食品や外食などで、健康など気にしなければ料理すら楽になりました。

    お金を払えば煩わしい労働からいくらでも解放できる時代です。


    そうして現代人は昔と比べると労を惜しんで楽して生きています。

    明らかに、日常生活で、忍耐力の必要な場面は減少しています。


    しか~しです。

    どうしても煩雑で労力や忍耐力の必要なものがあります。

    料理と子育てです。これはどうしても自動化できません。


    確かにどちらもお金を払って人に任せる方法もあります。

    しかし、自分で労を惜しまず行う料理・子育てと

    全く同じ結果を得ることはいまだにできません。


    料理について言うと、

    惣菜・冷凍食品のような加工食品に頼ると、楽に料理できますが、

    食品添加物の問題や加工の段階で失われた栄養分の問題などで、

    労を惜しまず作った料理と同じ安全性と栄養を得ることはできません。

    外食も同様です。外食産業は成分表示の義務がないので、

    どんなものを使っているか分かったものではありません。

    よっぽど高級料理店に毎日行かない限り、

    外食に頼って食の安全と十分な栄養を得ることは困難です。


    また、料理は愛情表現の一種と私は思います。

    外食で育った子供は、親の手料理で育った子供と

    同じくらいの愛情を親から感じるでしょうか?


    子育てについて言うと、

    確かに人任せにしたら楽できますが、

    その分子供は両親からの愛情が不足することになります。

    本人同士でないと、スキンシップにより愛情を育むことはできません。


    だからどうしても料理と子育ては、

    本当にまともにしようと思ったら、

    自分たちで労を惜しまず忍耐強く行う必要がいまだにあるのです。

    散々他のことで労を惜しんで楽に快適に生きてきた大人が、

    甚だしく労力・忍耐力の必要な料理・子育てに直面し、

    そのギャップの大きさに悲鳴を上げ、

    楽をしてしまうために、

    教育・子育てが問題になっているのだと思います。



    理由はまだまだあると思います。

    二つめの理由は、次回に書きたいと思います。

    愛に条件を付けてしまう人のタイプ (条件付き愛 その5)

    4回にわたり条件付き愛のことを書いていますが、

    (初めての方は以前の日記をまず読んでください)

    どういう人が条件つき愛に陥りやすいか考えてみたいと思います。


    条件付き愛情というのは、

     ある条件を満たさないと愛してあげない、愛せない

    という感情でした。


    なぜ人が条件付きで愛情を示すかというと、

    一つ目の理由は、自分の思い通りに相手を動かしたい

    という気持があるからだと思います。

     子供を一流大学に入れたい

     隣の子供よりいい成績を取らせたい

     物欲を満たす生活をさせてもらいたい

    とかです。

    相手を思うように動かすために、

    条件を付けて愛情を示すのです。

    これは単なる自己中心的行為ですよね。

    最近は一人っ子が多いし、物的に満たされた環境で育ってますから、

    どうしてもわがままになりますよね。反省(>_<)


    そして2つ目の理由は、相手の人間性以外の条件の部分に惚れている

    からと思います。


    "一流企業"という肩書きに惚れている

     高い年収に惚れている

     女優並みの容姿や体つきに惚れている

    とかです。

    これはたいてい、自己顕示欲と物欲の強い人に多く見られると思います。

    ステイタスに憧れるといいましょうか。

    ステイタスって、「物的に満たされて人に自慢できる」

    ことを言うんだと思いますが、

    これってまさに自己顕示欲と物欲を満たすことですもんね。

    ”セレブ”なんてまさにそういう言葉です。

    そういう、「物的に満たされて人に自慢できる」状態を

    相手の異性との関係によって満たそうとするときに、

    条件付き愛情が芽生えてくるのではないでしょうか?


    しかし自己顕示欲と物欲を満たすことが、

    本当の意味での幸せにつながることなのでしょうか?

    私は個人的には、自己顕示欲も物欲も必要最低限で

    全然十分と思います。


    それよりもむしろ価値観が合って、

    一緒にいて等身大の自分でいられる

    ということの方がずっと重要なことだと思います。


    ではなぜ自己顕示欲と物欲に人はとらわれてしまうのでしょうか?

    まず自己顕示欲の方からですが、

    自己顕示欲が強い人は、両親からの愛情が不足していたり、

    幼少時代にいじめられたりした人が多いと思います。

    両親からの愛情が不足したりいじめられると、

    子供は自分の存在を認めてくれる人がいないため、

    何が何でも人に認めてもらおうと必死になります。

    それが過剰な自己顕示欲になると思います。

    それが社会的名声を得ることにもつながりますけど。

    ホリエモンとはかまさにそういう人ではないかと

    察します。(実際は知りませんが)


    そして、物欲が過剰な人ですが、

    これも自己顕示欲が強い人は高価な物を買うことで

    ステイタスを得ようとするので物欲が強くなりますし、

    都会に住んでいる人は物欲に囚われやすいと思います。

    都会って巨大な物欲喚起システムですからね。

    必要のない物まで買わせるのがマーケティングですから。

    幸せや満足感に直結しないものまで、

    買いたいと思わせる仕掛けに溢れています。


    かくして、現代社会は

    わがままで、自己顕示欲と物欲の強い人が増え、

    条件付き愛情の罠に陥ってしまうと言えないでしょうか?

    努力せずに料理が上手くなったね!と言われたい人は必見!昔ながらの製法にこだわる老舗のゴマ油

    私は料理が好きです。けど日頃は手間をかけたくありません。

    そんな私は、質のいい調味料にこだわります。

    ほんの少しの出費で、

    時間を節約して健康的で美味しい料理にできるからです。

    私が愛用している調味料の一つをご紹介しましょう。


    ☆お勧めゴマ油:山中油店の濃口純正胡麻油☆

    昨年春の京都旅行で偶然知った京都の老舗油店です。

    店構えも京都の老舗にふさわしく歴史を感じます。

    山中油店のHP

    お近くの人は是非足を運んでいただきたいのですが、

    通販で取り寄せができます。

    ここは質が高いのに安い!

    1リットルで1200円程度ですよ!

    スーパーのゴマ油とそんなに違わない値段です。

     
    油って普通は、有機溶剤に溶かして抽出するんですよ。

    あのシンナーみたいなものですね。

    沸点の低い溶剤なのですぐに蒸発するとはいえ、
    気持ち悪いですよね。

    しかしこのゴマ油は、昔ながらの圧搾法で抽出していますから安心です。


    だからか知らないけど、

    もの凄くいい香りがして、粗食が高級料理に早変わり!


    時間がないときは、サラダにかけるだけで

    もの凄い満足感が得られます。

    炒め物も全然味が違う!

    この香ばしい香りがもうたまりまへ~ん

    通販サイトはこちらです。

    山中油店通販サイト

    いろいろ種類がありますが、私のお薦めは濃口純正胡麻油。

    理由は、香りとコクの両方が堪能できるから!

    あっさり香ばしいのがお好みなら、正胡麻油かな。

    玉締しぼり胡麻油はほとんど香ばしい香りがなくなります。

    満足すること間違いなし!一度お試しあれ!

    なぜ死体の撮影をしたくなるのか - 秋葉原通り魔事件に思う現代社会の根深い問題

    秋葉原の通り魔殺人事件で、

    大勢の人がこぞって死体の撮影をするという、

    大変不気味な状態に警官が絶句したという記事がありましたね。


    なぜあれほどまでに、死体の写真を撮りたかったのでしょうか?

    私はここに現代社会のあり方に

    根本的な問題があるのではないかという気がします。


    撮影したくなるということは、

    それが珍しく、興味を引いたからに違いありません。

    なぜそうなるのでしょうか?


    理由1:死に対するリアルな体験の欠如

    恐らく現代人は、死体を見る、または他人の死を

    リアルに体験することがほとんどなくなったのだと思います。


    そもそも、人は死について大変な関心を持っています。

    それ自体悪いどころか、当然のことです。

    誰もが必ずいつか死に直面し、他人事ではないからです。


    昔は、子供の時に虫などをいじって殺してしまったりして、

    死に対するリアルな体験をします。

    しかも、昔は大家族で暮らしていたので、

    子供の時に祖父母の死を間近で体験しました。

    そうして、死に対して実体験をしていきました。


    しかしながら、現代人は、都会で住む人は特に、

    自然とは隔離された、生き物の気配すらしない

    コンクリートジャングルで育ち、

    虫などの生き物と接する機会さえないでしょうし、

    核家族化が顕著である現代は、

    ほとんど身内の死に目にすらあってない人が多いでしょう。

    つまり、死に対するリアルな体験がないまま大人になるのです。

    これは大変恐ろしいことです。


    理由2:通り魔のようなバーチャル体験が、

    リアルな世界で同様の事が起こることを潜在的に欲する。

    死について大変な興味を持っているのに、

    それが何たるかリアルには分からない。

    そしてその好奇心の矛先は、バーチャルに向いていきます。

    リアルな体験ができない人は、ゲームなどの

    バーチャルでその好奇心を満たそうとします。

    しかしながら、これは死のリアルな体験とは全く違ったもので、

    むしろ死について間違った解釈を植え付けます。


    よくあるゲームでは、ボタン一押しで次々に

    街にいる人を殺していきます。

    まるで、これが死というものであると言わんがごときです。


    このような通り魔のようにばっさばっさ人を殺していく

    バーチャル体験しかしてない人は、

    さぞかし同じような情景がリアルの世界で起こることを

    潜在的に強く期待してはいないでしょうか?


    通り魔事件を防ぐには?


    では、このような通り魔事件を防ぐにはどうすればいいのでしょう?


    まず、人が死んでいく様を写真に撮る人を非難するという行為自体、

    あまり意味のないことではないかと思います。


    死に対して非常に興味があるにもかかわらず、

    死に対するリアルな体験がなく、バーチャルでさえ

    通り魔的な死しか見たことのない人は、

    リアルな死に対して異常なほどの興味があるのは、

    当たり前のことだからです。


    むしろ、死にゆく人の写真を撮る人が大勢いたという、

    この異常事態が起きたということは、、

    現代社会に巣食う根本的な問題を

    解決する必要があるという警鐘ではないでしょうか?


    まずリアルな世界で、死に対する体験を増やすことです。

    例えば、<B>もっと自然の中で子供を遊ばせ、生き物に触れさせることや、

    大家族で暮らせないのなら、

    子供と老人が接する機会を意図的に増やすことです。

    さらに、バーチャルの世界でも、

    死に対して正しい理解を促すようにすることです。

    例えば、<B>学校教育の一環として、死に対する正しい理解を促すための

    カリキュラムを入れられないでしょうか?


    昔の映画で恐縮ですが、黒澤明監督の「赤ひげ」という映画があります。

    とても重たい映画ですが、あの映画はお勧めです。

    赤ひげ先生は、医者の見習いに老人の死にゆく様を見せつけ、

    死の荘厳さを学ばせるのです。

    これは映画というバーチャルな体験ですが、

    リアルな死の一つの典型をリアルに体験できます。


    このような、死の荘厳さを学ばせるゲームなんてあるのでしょうか?

    私は見たことがありません。あったら是非教えてください。

    殺戮行為を、単なる得点稼ぎのための正当な行為のように

    捉えてしまわないでしょうか?

    そんなゲームをしていると、殺すということが

    まるでボタンを一押すだけのように簡単なことだと

    錯覚してしまわないでしょうか?

    通り魔殺人が頻発している以上、

    私はこのような殺戮ゲームに規制をかけるべきだと思います。

    そうではなくて、もっと死というものを、

    重く受け止めさせるゲームを作るべきではないでしょうか?

    ゲーム制作者も、単に自由な想像力を発揮するだけでなく、

    そろそろ社会性を考える必要があるような気がします。

    皆さんはどう思いますか?


    通り魔殺人事件の現場となった“狂った街アキバ”
    http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=515740&media_id=10

    日本の公教育を問う。ニート、いじめ、不登校、学級崩壊、一生自分探しの原因は?


    日本の公教育、どこかおかしいと思いませんか?

    私は公立の小中高と通い、大学も国立ですので、

    たまたまずっと公教育を受けてきたわけですが、

    こんな時代遅れの教育をまだ続けていいのだろうかと

    大変な危機意識を持っています。

    こんな教育を将来の子供に受けさせていいものだろうか?

    今日はその問題点をまとめてみたいと思います。


    ●1.学科試験という単一の基準で競争を強いる●

    日本の教育でやっていることは、(特に中学以上)

    テストという単一の基準(価値観)で生徒の優劣を決めていませんか?

    その結果、点数の悪い生徒は劣等感を植え付けられ、

    点数のいい人は思い上がってしまわないでしょうか?

    競争させると必ず敗者を生みます。

    そして敗者はテスト以外の分野で挽回の余地もなく、

    いつもまでも敗者の汚名を着せられます。

    こうして一生劣等感を引きずるのです。そんな人が大勢います。

    人の優劣って、単一の基準で決めてしまっていいのでしょうか?


    ●2.暗記強制型の教育方針●

    簡単に言うと、「理由はいいから、とにかく覚えろ!」的教育です。

    知的好奇心を喚起せず、意味もなく暗記させられるのは苦痛です。

    しかしこれは、最も短時間に知識を身につけされられる教育方法

    とも言えます。


    以上の2点、暗記強制型の学習を実践し、

    テストという単一の基準で競争を強いるという方法は、

    工業化に耐えうる均質で優秀な労働者を育成し、

    労働者として有能かどうかという基準で優劣を決定し、

    人材を配置していくためにはとても優秀なシステムだったでしょう。


    科学技術レベルを早急に欧米に追いつくことが国是であった

    高度成長期は、これでよかったのだと思います。

    国として安泰になり、衣食住の欲求を満たすことが

    人々の最大のニーズだったでしょう。

    なので「いい学校に入って、いい会社で働くのが幸せな生き方なのよ!

    だから勉強を頑張りなさい!」と言われても子供は納得できました。

    いくら勉強がつまらなくても、頑張って勉強したのです。

    しかし、そんな時代はとっくに過ぎたのではないでしょうか?


    今の子供はもう衣食住のニーズはほとんど満たされています。

    「勉強しなさい!」と親に言われても、

    今の子供はピンと来ないんではないでしょうか?

    勉強しなくても、衣食住は満たされ生きていけるのですから。


    そう考えると学級崩壊も当然と言えます。

    無意味と思われることを子供に押し付けている方に無理があります。


    衣食住が満たされた現代においては、

    本来の学習のあり方である、知的好奇心を駆り立てることを

    基本にしないと子供は学習しないと思います。


    単にある知識を暗記させるのではなく、

    「何でそうなっているの?」という小さな好奇心や問題意識を大切にし、

    理由や仕組みを考えさせ、興味をそそらせる必要があるのではないでしょうか?


    ●3.個性や好奇心を無視した教育 -

    いじめ問題、ニートの出現と一生自分探しを続ける悲劇●

    また、単一基準で評価するということは、

    個性を重視せず、むしろ均質化しようとする教育方針です。

    5教科全てが満遍なくできるのが望ましいという考え方は最たる例です。


    こうして個性が押さえ付けられ、

    個人的な興味を無視した教育を受けると、

    自分は何に向いているのか、何をしたい人間なのか

    さっぱり分からなくなります。

    何に興味があるかも分からず、

    ひたすら自分探しのためにさまよい歩き、

    結局は好きなことが見つからず衣食住だけしか満たせない、

    ニートのような若者が生まれるのです。


    退職した方が再度大学で自分探しをするのが活発になってきましたが、

    今まで好きなことをしてこなかったことが大きな要因だと思います。

    日本人はいかに個性を押し殺してきたことでしょう!

    これは外国から見るととんでもなく異常です。


    日本人は米を作らないと生きていけない農耕民族だったので、

    皆が一致団結して共同作業することが大切でした。

    なので日本は歴史的にも均質的な社会を志向する傾向があります。

    しかしそれでも程度というものがあるでしょう。

    しかも今ほとんどの人は米を作らなくてよくなったんです!

    そこまで個性を殺さなくてもいい時代になったのに、

    いまだに均質化、画一化、そして出る杭は打たれ妬まれます。


    いじめが問題になるのもここに原因があると思います。

    個性を発揮させていたら、自分が安住できる場所が見つかるため、

    殊更他人と比較して妬むようなことはないはずです。

    皆が同じように振る舞うことが良しとされている暗黙の了解を

    学校で植え付けるから、異質な人間を攻撃するのです。

    「皆が個性を殺して我慢しているのに、お前だけ個性を発揮するなんて

    おかしいだろう?」という気持ちでいじめに走るのかもしれません。


    従って、日本の教育システムは、

    平均的な子供には大きな苦痛にならないが、

    平均から逸脱する子供にはもの凄く苦痛を生むものだと思います。

    今の社会は高度成長期のように、皆が同じ方向を向いて頑張るよりも、

    むしろ他人ができない個性的な仕事をする人が、

    停滞した経済に風穴を開けるためにも重用すべき人材のはずです。

    であるにもかかわらず、個性的な、平均から逸脱した人を虐げているのが日本社会です。

    今や不登校の生徒数は12万人を超えるそうです。

    彼らは行き場がなく、大抵引きこもりになるようです。

    本人も家族も大変苦労することと思います。

    しかし国はそれらの子供を救済する仕組みを

    作っているようには見えません。

    ただ学校に来させるように説得しているだけではないでしょうか?

    時には登校は義務であると法律論を振りかざして

    脅迫してないでしょうか?

    恐らく不登校の子供は平均的というより個性的な子供である可能性が高く、

    今の社会でこそ本領を発揮できる人材だと私は思っています。

    そんな人材を台無しにしているのが今の教育ではないでしょうか?


    そんな状況で、民間では奥地圭子さんなどは、

    不登校の子供に受け皿となる居場所を与えようと、

    東京シューレなどを設立し、
    http://www.tokyoshure.jp/

    限られた資金で奮闘されています。

    私も一度見学に行きましたが、心に深い傷を負った子供が

    もの凄く明るくのびのびと学習を楽しんでいるのに大変驚きました。

    教育の仕方一つで子供はこうも違ってくるのか

    ということがリアルに目に焼き付いた経験でした。

    しかしこれまでは学校法人の認可が下りず、

    当然国からの運営資金の補助がないため、

    ある程度裕福な限られた子供しか救えないと嘆いてられました。

    今は東京シューレ葛飾中学校が学校法人の認可が下りたそうですから、

    ほんの少し奥地さんの社会的な活動が認められたのでしょう。

    しかし不登校の問題はまだまだ不十分です。


    以上、他にもいろいろ問題はありますが、要約すると、

    1.単一基準で競争させ優劣を植え付けること、

    2.好奇心を無視した暗記強制型の教育、

    3.個性を無視し、むしろ均質化する教育

    この3点が最も大きな問題なのではないでしょうか?


    そしてこれらの3点を解決した教育方法を採用する学校はないものでしょうか?

    これが私の大きな問題意識の一つです。

    ここ数年いろいろ探してきましたが、

    ようやく私の考えに近いのではないかという学校を見つけたのです。

    それがシュタイナー学園です。


    まだ数冊の本しか読んでませんが、

    教師と両親が密接に関わり合い、

    知識偏重ではなく、子供の欲求や感情をも大切にし、

    子供の個性に十分配慮した教育をしているようです。

    今回は詳しくは書きませんが、

    知るにつれ多方面に渡る知見に驚かされています。

    そういうわけで、今一番気になっている学校です。

    今週末のオープンデイではそのあたりをじっくり確認してきます!

    そして、教育について問題意識を持っている方と多く知り合えたらと思っています。

    一緒に行く人も募集してますのでよろしければどうぞ。

    http://mixi.jp/view_event.pl?id=31925988&comment_count=0&comm_id=108494

    また、よろしければ是非ご意見をお聞かせください。

    無条件の愛の典型 - 間寛平夫婦 (条件付き愛その4)



    私がいろんなカップルを見たり聞いたりしてきて、

    こんなカップルになりたいな~というカップルがいるんです。


    それは、間寛平さん夫婦です。


    ただ、私はご本人にお会いした訳ではないので

    正確には分かりませんよ。


    間寛平夫婦って、奥さんが寛平さんの大ファンで

    結婚されたらしいですね。

    もう結婚後何十年にもなると思うのですが、

    いまだにラブラブなんですって。

    その奥さんのコメントは素晴らしいです。


    笑っているときでも、怒っているときでも、

    どんな時でも寛平さんが好きなんですって。


    これってまさに無条件の愛ですよね!


    しかしこれは奥さんだけが素晴らしいのではないと思うんです。

    寛平さん自身が、人の気持ちを理解でき、思いやりのある、

    とても魅力的な人物だからではないかと思うんです。


    無条件の愛で相思相愛になるということは、

    その人に付随する、学歴、資産などに惚れるのではなく、

    その人そのものを愛するということですが、

    そうなるためには、

    お互いが条件を付ける必要もないくらい、

    人間性が高くないといけないんですよね!

    過保護が招く婚期の遅れ (条件付き愛その3)


    親が条件付き愛で育てたために

    子供が自我を確立できず未成熟で

    自己中心的で無気力になってしまうことを前回書きましたが、

    条件つき愛以外にも原因があると思います。


    それは過保護です。


    過保護も、条件つき愛と同様に、

    子供の好奇心を妨害してしまうからです。

    危ないからあれしちゃあだめ、これしちゃあだめ、

    こうして子供の行動範囲は限定されてしまいます。

    限定された世界で育ってしまうので、

    好奇心を十分満たすことができず、

    限られたことしか経験できず、

    結局何をしたいのか分からない、自我の確立してない大人に

    なってしまうのではないでしょうか?

    自分の自我を確立することで精一杯だから、

    他人への意識が不足して自己中心的になり、

    さらに経験値が低いため、

    世間知らずな人間になるかもしれません。


    東京は経済的な理由もあるのでしょうが、

    大人になっても両親のいる実家で生活している人が

    非常に多いことに驚きますが、

    (田舎者の私には大変羨ましいことですが)

    これも悪影響を及ぼしているような気がします。

    少なくとも、生活の一切は親と独立して行うくらいしなければ、

    大人としての自覚も持てず、

    生活感覚を身につけることすらできなくないでしょうか。

    親にいろいろなものを与えられて生活し続けると、

    与えられることに安堵し、

    与える人間になるという大人の自覚を忘れがちになるような気がします。

    かくして、

    結婚するまでは親に保護してもらい、

    結婚することにより大人としての責任を相手に擦り付けようとして

    婚期が遅れる大人ができあがるような気がします。


    ただし、この過保護の問題は簡単ではないと思います。

    昔はご近所でちゃんとしたコミュニティーがありました。

    だから、子供が近くで遊んでいても近所の人達が見守っていました。

    そうして近所の人達が協力して子供の安全を確保していたのです。


    しかしながら、近所付き合いのないこのご時世では、

    子供は家を出たとたん危険でいっぱいです。

    地域社会が機能してない今日では、

    子供の安全が保証されないのです。


    このような社会と少子化により、

    余計に親は子供を過保護にするのでしょう。


    ではどのようにして、

    過保護にせずに子供の安全を守れるでしょう?


    一つのヒントは、学校と両親の連携だと思います。

    両親同士、そして学校の先生達と連携することはできるはずです。

    普通の学校でも多かれ少なかれ実践していることと思いますが、

    両親がさらに深く学校運営に参画している学校や幼稚園があります。


    私は今その学校や保育園にとても興味を持って調べていますが、

    その一つが、今週末見学するシュタイナー学園です。

    見学したり、実際の父兄と会ってお話ができることを

    とても楽しみにしています!


    私も将来子供を授かることがあれば、

    子供の好奇心をできるだけ発揮させてあげられるような

    環境を提供すべく、学校運営と連携していけたらと思っています。
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